ティールーム徒然

健康の基準はいろいろあっていい

アーユルヴェーダの目的について
「健康な人の健康を護り、病人の病気を鎮静する」
という古典の言葉があります。

今、巷では、
健康という言葉がいたるところにあふれていますよね。

健康でいるために
健康を取り戻すために
健康のために
などなど、健康という言葉は、
いろいろな表現で使われています。

では、健康とはどういう状態かというと、
ほとんどの人は、
健康=病気ではない状態
ととらえていませんか?

もちろん、病気の反対に健康があることに変わりはありません。

でも、
必ずしもこの定義にとらわれる必要はないのではと思うのです。

理由は二つ。

一つは、難病や慢性の病気を抱えている人にとって、
健康を目指すことが、かなりハードルの高いものに
なってしまうから。
こうした人々にとっては、
病気をなくすことは至難の業。
なくすことを目指すのではなく、
病気と上手につきあうことが目標なのです。

二つ目は、この定義から派生して、
病気であることは罪悪
あるいは、
健康でなければ幸せになれない
というような妙な注釈付きで使われる可能性があるから。
こうした考え方は、
病気を抱えている人にプレッシャーをあたえたり、
絶望感を与えてしまったりするのではと思うのです。

病気になりたくないと思うこと、
病気になったら早く治したいと思うことは当然だし、
健康になるために努力することもとても大切だと思う。

けれど、かならずしも 健康=病気ではないこと とするのではなく、
健康の基準はもっと広く、ひとりひとりの体や心の状態に応じて
少し幅があっていいと思うのです。

最後までお読みいただきありがとうございました。
with sincere gratitude